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GloryDazeDays

日々のワクワクを受信・発信したい。ぼんやりとした日常を楽しく前進していきたい。

【雑記】非モテアラフォー男子が出会いを求めるなら。

出会いが無いと嘆く前にすることがある

 F:ID:glorydaze:20150619153608j:平野

のhttp://写真のクレジット:介してphotopin (ライセンス):タイトル]

ウチの会社には社員が200人くらい居る。

そのうち殆どが男性なので、幅広い年齢で男ばかりだ。

なので同年代の男も数十人以上いることになる。

僕のように30代中盤で独身男性ってのも結構居るので、周りを見ていていつも思うことがあった。

「誰か女の子を紹介してくれ」と頼んでくる人の中で、具体的に紹介する前に話がポシャる人たちが居て、それには共通したパターンがあった。

出会いについて、もう色んなところで語りつくされたことかもしれないけども自分なりに考えてみた。

非モテアラフォーの方の参考になればいいなと思って。

 

出会いが無いという理由で行動しない自分を納得させている

周りには彼女は欲しいが出会いが無いと嘆く人が結構居て、特に20代後半~40代半ばが多い。

この年代はどうしても結婚に対する焦り、自分の魅力の減退、周りの既婚者の影響や遊んでいた同年代が結婚によって居なくなる寂しさといった現実を直視し、考え方が変わってくるのだと思う。

やっぱり彼女欲しいかも、結婚もいいものかも、と。

かく言う自分もそうだ。

そんな中、彼らに共通するたった1つのことがある。

それは「出会いを作るために、具体的に何も動いていない」ということ。

無意識に行動することを避けていているようにも思える。

忙しくて、金がなくて、土日は趣味に使いたいし、、、などなど。

確かにウチの職場での出会いはほぼ無いけれど、それでも社内恋愛の末に結婚した人たちも居る。

それ以外は友達の紹介だったり、大学の同級生だったり、ネットで知り合ったり、婚活サイトだったり様々だ。

本当のことを言えば、彼らだって今の時代なら出会いなんて(お金を使えば)どうにでも作れるのも知っていると思う。

SNSだったり、婚活サイトや街コンなど毎週なんらかが開催されているのも知っているはずだ。

 

出会いがある人とない人の決定的な差

決定的な差があるといえば、それは「目的:パッション」ありきの「行動:アクション」があるか、ないかの差でしかない

アラフォーになって思うことがある。

イケメンやブサイクは確率論。

お金があるとかないとかもそう。

最低限の清潔感とコミュ力があれば、あとは回数重ねれば何とかなる。

自分をコミュ症といって逃げる人はコミュ症じゃない。

誰かと出会う為には、自ずとそういった場に出向く必要がある。

自ら行動する必要があるのだけれど、その前に「出会いたいという強い思い」=「パッション」があるかどうかが非常に重要なんじゃないかと感じる。

僕自身も出会いとか恋愛とか「今はイイヤ」って思う時がよくあって、そういう時は出会いを含んだお誘いが有っても気持ちが全然動けない。

突き詰めると出会いがない人と言うのは、そこまでして求めていないんじゃなかなと感じる。

恋愛や他人を優先した時間配分より、自由な時間や趣味を選んだ方が居心地がいいって時なのだろうかと。

 

でもそのままだとそのままだと思った

僕にも分かるんです、だって彼女作るって大変だもの。

超絶イケメンじゃない僕らは基本的に一目ぼれされるなんてそうそう無い訳だから。

勇気出しても上手くいかない事ばかりだ。

みんな否定されたくない、失敗したくない、笑われたくないしプライドを傷つけられたくない。

それは僕も今でもそうだ。

特に恋愛経験が少ない人たちは、コンプレックスと女性に対する幻想が肥大化している。

だから妥協もしたくない。

ようやく二人でご飯までこぎつけても、3回くらいデートして音信不通になったりと、そんな非効率なラヴ・ゲームを楽しんでいる余裕もお金もないのも分かる。

僕自身、何度も数回で音信不通になるようなデート(と呼べるのか?)を繰り返した。

 

みんなどこかで分かるときが来る

なぜこんな事を書いてみたかと言えば、僕も同じ立場だったし、今でも結構そっち寄りの人間だから。

30歳手前でも合コンや食事会、バーベキューなんかでもでどう動けばいいか分からないから、ビビッてキョドっていた。

参加女性に値踏みされるようで、そんなの御免だ!と思っていた。

「はいはい、イケメンで優秀な人から順に選ぶんでしょ」と不貞腐れていた。

自己防衛だったのだ。

でもそれらが不要な思い込みだと分かってからは、急に周りの見方が変わってきた。

 

僕の考えがなぜ変わったかを振り返る

1.経験値を上げる事を楽しんだ

30才を過ぎてから友達を増やしたり、人との出会いを作るために自分から動いた。

僕は社内で浮いていたし、そこに自分の場所を見つけられなかったので、その反動で外に仲間を求めた。

リア充達から見たらそれは相当遅いのだけど、それでも不器用な自分を受け入れてくれる人たちは居るものだと分かったのが大きい。

そういった友人が増えた事や自分の成長が楽しめた事が良かった。

2.10人中8、9人がNGという考え方を、10人中1人はOKが居ると思えた

合コンや食事会に参加すると分かるのだけれど、10人~20人居れば1人2人くらい話が非常に合ったり、好感をもってくれる子が居るものだ。(この好感は好きっていうより、人として合うといった意味)

1人居るなら、そういう出会いの回数を重ねれば良いんじゃないだろうかと思うようになれた。

3.成功曲線を実感した

人生初合コンは何話せばいいか分からずキョドっていた。

会社の先輩の手前、みんなのメニューを聞いたり、皿を片づけたり、そこに逃げていた部分もあるし、それ以外どう動けばいいのか分からない部分もあった。

でも終わった時に、ウケが良かった話やしっくり来た自分の立ち位置を覚えていた

その後、再び合コンがあった際に、それを使い回した

そうすると気持ちに余裕が出来てくるんで、少し冒険して動けるようになった

その繰り返しで場慣れしていっただけだ。

そのうち、無根拠な焦りに関してはいつの間にか平気になっている自分を実感した。

4.他にも楽しいことが有ることも分かった

合コンに「誘われる」には合コンに「誘ってくれる人」が必要だ。

少数精鋭である3,4人の面子に入れてくれるって事は、そこそこ評価してくれるという訳だ。

僕はぽっちゃり女性好きなので、コイツとは女性の好みが被らないという男性の思惑も有って誘ってもらえていたようだけれど。

で、もうその時点で僕は「合コンに誘ってくれる良い友人」を手にしている。

合コンでダメだった失敗談も、そういう友人と飲んだ時に話すネタになると思えば結構動けるものだ。

 

時間は止まらない、そして僕は進む

最近思うのは、知人とご飯を食べるとき自己紹介すると最年長に近づいてきているという事。

そして周りが結婚したり彼女が出来てきたという事。

誘ってくれる人も、遊んでくれる人も減ってきた。

とある同年代の友人はもう出会いに全然興味が無いようだ。

勿体ないと思うが、僕がいくら言っても彼にパッションが無ければどうにもできない。

だから僕は1人進んでいく。

手始めに、以前友人に勧められたぽっちゃり系のオフ会なるものに参加してみた。

(若干ぽっちゃりした女性が来るものと期待していた)

手始めにしては中々ヘヴィーだった。

中々ヘヴィーな方が大勢いた。

ぽっちゃりの定義はいつの時代も曖昧なのだという事を実感した(笑)

でも普通に可愛い子も結構いたのだ!

そういう新たな発見や出会いがあった。

これでまた1つ、友人と会った時に話すネタも増えた。

 

ノーペイン、ノーゲイン!

すごく偉そうに書いてみたけれど、この記事は自分に向けて書いている部分も多くある(というかほとんどそうだ)。

僕は最近になっても、参加した合コンや食事会でイケメン至上主義な世の中を体感するとすぐに凹んでしまうからだ。

ハーフが参加してたら勝ち目ないわぁ・・・なんて。

本当にバカみたいに今でも全然凹むんです。

でも進むんです。

なぜなら、世の中の欲しいもの全てに対して、それに付随する欲しくないものも受け取るのは必然だとわかったから。

お金や時間を使ったり、バカにされたり、否定されたり、苦労したり、失敗したり、ダシに使われたり、それは欲しいものを得るための裏表みたいなものだと思うから。

そこを受け止める勇気を持てるかどうかだけ。

プライドの高い僕は、以前は受け止められなかった。

でもそれって、全部自分を守りたいって思いから来る事なんだよね。

結局、自分が大切でとても好きなんだという事の裏返しだと自覚したんです。

で、その思いを超えても求めるものがあるのか、欲しいものがあるのかと自分に問いかけた。

僕はそれ以上に、求めるものがあったし、様々な人たちと新たな出会いが欲しかった。

変わりたかったし、今でもそういう思いが強い。

50歳になって、プライドだけ高くなって挑戦しないで居る男にはなりたくなかった。

だから動くと決めただけ。

どうしよう!!って悩んでいるならば、DOしよう!!ってことなんです。

僕自身はこんな感じで動いているので、アラフォーなのにもう出会いに諦めた方がいたら参考にしていただけるとありがたいです。

ちなみに僕は今でも失敗しまくってます。

でも「失敗なくして、オッパイなし」です。