GloryDazeDays

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孝行息子と放蕩息子。

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[http://photo credit: Furfante Father and son via photopin (license)]

 

去年末に両親が電車を乗り継いではるばる3時間以上かけ、15年ぶりに僕の住む街に来た。

それは何度かの週末を直撃した台風の影響で延期になっていて、ちょっと急なことだった。

僕の家に来るってのは本当に無いことで、最後は(というか最初は)僕が就職して引越ししたときの手伝いとして最初のアパートに来たきりだった。

その際は家具も何もなくて、これから住む前提の家に来ただけだった。

なので実際に生活している家にくるのは、これが初めてだった。

ただ我が家は両親を泊めるほどに広くはないので、駅前のビジネスホテルに泊まってもらうことになっていた。

 

父親はずいぶん前に、僕の住む町が取り上げられたテレビ番組(おそらくアド街)を見ていたらしく、そこで紹介された焼肉屋に行きたがっていた。

父親の誕生日が少し前にあったので、そのお祝いも兼ねて飯を食べた。

結局その店は異常に混んでいて断念したのだけれど。

ずっと関係の良くなかった父親とは、数年前から会えばよく話すようになっていた。

メールなどの連絡では、お互いにぎこちない敬語交じりの会話を交わすのだけれども。

 

以前、両親へプレゼントを渡す際、遠慮して受け取ってもらえないことが多かった。

特に母親は遠慮しがちで、そんな時は両親2人向けにプレゼントを用意して、それプラスで本人分も渡す。

そうすると遠慮なく受け取ってもらえるというのも分かってきた。

あまり高額じゃなくて、しかも簡単に使えるものなんかだと尚更喜ばれる。

今回は両親への同じモノと、父親へはウィスキーを。

「Old GrandDad」ってバーボン・ウイスキーで、「偉大なる爺さん」って意味の銘柄。

3000円以下で安めに買えるくせに、コクがあってハイボールにしても力強さがある、コスパの良いウィスキーで個人的には気に入っている。

そんな感じでプレゼントも喜んでもらえて、晩飯も皆で一緒に食べた。

僕は40歳にして、ようやく親孝行ができるようになったのかな、なんて思ったりもした。

 

翌朝も集まってそれなりにご飯を食べたり、散歩をしたり、話しをたりした。 

僕は両親がこの週末を満足してもらったのかなと思っていた。

帰る間際に父親は

「わざわざコッチに来たんだから、彼女くらい連れてきて、結婚するとか報告が欲しかったよ」

「俺らもいつ死ぬか分かんないんだからさ」

と。

少し笑いながらも、少し残念そうな顔で言われた。

そうだよな、もう40歳なんだから、両親は70歳近い。

気の利いたプレゼントを渡すよりも、嫁とか孫とかってのを望んでるんだろうな。

 

これまで適当で、自由に、一人気ままに過ごしてきた。

そして気づけばもうこの年だ。

今となれば親孝行をするってのはプレゼントとかじゃなくて、きっとそういうことなんだろうな。

金とかモノとかの豊かさじゃなくて、心の安心感や幸せや充実感を求めているんだろうな。

 

だけどそれを見せるには、僕個人の力だけじゃどうにもならない部分も多い。

という、言い訳もできる。

でも本当はそれに向き合わず、逃げている自分がいた。

実際の事を言おうかと思った。

会わせたかったけど秋冬に別れたんだよ、彼女と結婚に対する考えや今後の事についての意見が合わなくて。

いや本当は違う。

僕は逃げただけだ。

責任や、自由や、可能性や、面倒や、色々と秤にかけて。 

 

そんな息子が両親を駅まで見送る。

彼らは二人で歩いて改札口を進み、姿が消えていく。

仲の良い両親は、二人並んで歩きながら振り返って手を振った。

まだ独りモンの随分大きくなった息子がそれを見送る。

相変わらず仲が良いな、と見送りながら思う。

そして僕は、独り住む家へと帰る。