[http://photo credit: kinpi3 Nagoya Dome via photopin (license):title]
これまでずっと、野球について無関心な自分がいる。
学生時代、まわりで流行っていた頃はそれなりに知識としては知っていたけれど、僕は自発的に野球を見ようとしたことはない。
プロ野球チップスにも、ファミカセの野球ゲームにも興味が持てなかった。
そこはお小遣いや、運動が不得意って問題もあるけれど。
例外として、高校野球や野球漫画がとても好きだけれど、それはそこに青春の匂いを感じるからだ。
あとはイチローや落合選手の業績やストイックさ、その他野球に関するいい話や哲学なんかは非常に好きだ。
でもそれはマネジメントや理論の話が好きなのであって、毎シーズン楽しみにしている人の感覚が理解できない部分もある。
僕はそんな人らがむしろ羨ましい。
僕はプロ野球に関して興味を抱いたことがない。
僕の野球への興味は、少年時代に東京ドームへ置いてきてしまった。
小学校の頃、僕は千葉から東京に引っ越してきた。
強い人見知りもあって、はじめは友人が全くできなかった。
軽い登校拒否なんかもあったけど、暫らくして多少なりの友達ができた。
みんなからSちゃんと呼ばれた彼は、サッカーやスキーなんかが得意で、絵もうまいし話も面白くて人気者だった。
笑いの感覚が近くて話していて楽しくて、あっという間に僕らは仲良くなった。
僕らは同じ学童保育に通っていて、程なくして学童保育が一緒のY君とも仲良くなった。
元々SちゃんとY君は僕よりも先に仲がよくて、どちらかの親が彼ら二人を遊びに連れて行ったりするような、家族ぐるみの付き合いをしていたようだ。
そんな輪に僕は入れてもらい、とても楽しい日々を送っていた。
そんな中、Y君とSちゃんが出来て少し経つ、東京ドームに野球観戦をしにいくという。
僕は小さい頃からそういった人と人との関係性みたいなものに異常に繊細で敏感で、自分は誘ってくれないことに酷く傷ついた。
そしてY君が僕とそこまで仲良くしようとしていない雰囲気も、その頃から既に感じていた。
僕は保育園の頃から既に、気の合う友人１人２人と深い付き合いができればよくて、そこに付随するその他の友人たちを大事にしていなかった。
だからY君にとっても、僕との交流はそこまで盛り上がるものではなかったのだろう。
そんな折、Sちゃんは急に野球に行けなくなってしまった。
親の都合とか、そんな感じだったはずだ。
それで、Y君はその代わりに僕を誘ってくれた。
がっつり妥協した表情で
「まあチケット捨てるよりはいいか」
という感じだったように思う。
乗り気じゃない彼の気持ちを察した僕は、行きたいとは全く思わなかった。
でも誘いを断ることもできず、僕はSちゃんがいないのにY君と彼のお父さんと３人で行動することに不安を感じていた。
だがウチの母親はそんな友達付き合いを喜んでくれた。
そうやって友達同士でどこかに行くなんて素敵じゃない！という感じで、僕は母の喜びに圧されるように当日までをやり過ごした。
僕は当日の土曜か日曜か、母親が朝から作ってくれたお弁当と水筒を持って、Y君の家に向かった。
Y君は一人っ子で非常に溺愛されており、広いマンションの自宅には小１から既に自分の部屋があって、親が使わなくなった「PC-98」みたいなパソコンを持っていた。
まだネットも殆どない８０年代の話だから、今考えても相当に恵まれた環境だった。
やはりSちゃんがいないと中々に間が持たなくて、部屋中の色んなモノを触ってはY君に怒られていた。
僕らは渋い感じのお父さんと車で、東京ドームへ向かった。
東京ドームに着くなり、僕の分のチケットがない事が判明した。
彼は笑って馬鹿にした感じで
「ハハハ、Sちゃんに渡そうと思ってどっか置いたままかも、、、でもまあイイか」
と暢気な事をいっていた。
僕は母の期待もあり、今から帰るに帰れないし、とはいえチケットを買う金もない。
迷っていると彼のお父さんが
「じゃあ入り口のドア潜っちゃえ、人いっぱいだから分かんないよ」
とまた無責任なことをいいはじめた。
当時は小学校２、３年くらいで、そんな犯罪を犯したら逮捕されると思っていたし、この親子の言動が僕には到底受け入れられなかった。
でも子供にはどうすることもできない、着々と入り口は近づいてくる。
人でごった返した入り口に来たとき、彼のお父さんは、僕の頭を下げてそのまま奥に押し込んだ。
背の低かった僕はそのまま、空気が勢い良く漏れ出てくる入り口をすり抜け、東京ドームに入ってしまった。
あのときの勢い良く出てくる空気と、それに抗うように必死で潜り込んだ入り口のことを覚えている。
Y君は爆笑していた。
直ぐにY君が嫌いになった。
しかしそれ以外、試合内容やどこのチームの戦いだったのか、何ひとつ覚えていない。
席に着いたことすら記憶にない。
そして、ただただ悪い事をしてしまったことに絶望していた。
帰り道、Y君は野球を生で見たことと、僕がチケットなしで入り込んだ事についてテンションを上げて話していた。
僕はムッとして
「この犯罪をこれ以上広めるんじゃねぇ」
と警戒してノーリアクションだった。
彼のお父さんも
「はっはっはー」
と全然悪びれる感じもなく笑顔で家の途中まで送ってくれた。
夕方家まで歩くなか、全く楽しくなかった野球と、犯罪者の烙印を押された僕は、罪の意識に苦しんでいた。
「親に今日の野球の試合について色々聞かれたら、何て答えればいいのだろう」
歩きながら、残っていた水筒のお茶を飲んだ。
母が用意してくれたお茶はもう無くなっていて、溶けて出来た氷水だけになっていた。
真心をこめて作ってくれた小さな俵型のおにぎりが２個残っていた。
ドームでは全く食欲が無く、1つ食べたきり忘れていたのだった。
このあと家に帰ったら、すぐに晩御飯になってしまう。
このおにぎりを食べたら、きっと晩御飯が食べられないな。。。
僕はそっと、そのおにぎりを道の横に捨てて、家に向かった。
今日は本当に、色んな悪いことをしてしまった日だった。
帰ると母は玄関まで来て、笑顔で迎えてくれた。