上司から聞いた話がピンと来た
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いわゆる「フットワーク」の軽い人、重い人について。
周りにどちらのタイプも居ると思います。
そして自分もどちらかと言えば、コッチかな?と把握している人が多いのでしょうか。
自分は恐らく、高校、大学中盤まではフットワークが重かったと思います。
というかあまり友達を作らないタイプだったので、行動範囲・世界が狭かったです。
一人で趣味に没頭していましたが、皆でどこかへ繰り出すという形での行動力は持ち合わせていませんでした。
現在、大学生の後半から社会人になってからは、その不足分を取り返そうと躍起になったり、年齢からの焦りだったりで、周りと比べるとそれなりに動いている方なのかなと感じています。
会社は土日が休みなのでどちらかは必ず外へ出たり、セミナー・勉強会参加や趣味関係のイベントがあれば足を運びたい。
既婚者/未婚者、子供あり/なしでだいぶ行動に制限が出てきたり、状況や自由度は変わってくるので人それぞれですが、社内の同年代独身者の中ではアクティブさでいうと平均以上なのかなと思っています。
個人的には、年齢を重ねても好奇心を忘れずに新しいことに挑戦したいし、そこから何かチャンスを掴みたいからです。
だから人生疲れちゃったって雰囲気の人よりも、いつまでもアクティブに楽しみを見出す様な人の仕組みを知りたかったのです。
年を取った時の話
上司の家の周りは、神奈川の相当な田舎らしく畑も多い土地で、殆どの人が顔見知りだそうです。
ずっと昔からの知り合いのため、大体どんな人か知っているそうです。
上司は自治体の役員をやっているらしく、そこに居る60過ぎの方について話していました。
上司は50代ですが、自治体やご近所は70歳以上の人たちが多く、いわゆる定年退職後の悠々自適な生活を営む「ご老人」と呼ばれるような方々が非常に多いらしいのです。
定年した人たちというのは基本的に時間があるので何をやってもいいわけですが、その中でも『フットワーク』の軽い人、重い人に分かれるそうです。
僕は以前から疑問に思っていた事を質問しました。
『フットワーク』の軽い人、重い人は生まれた時から決まっているのか。
若しくは、なぜそう分かれたのか。
何が影響してそうなったのか。
生まれ持った性格もあるだろうけど、それだけで行動力は決まらないというのが上司の考えでした。
これまでの経験値が影響し、心地よさを感じる生き方を選択している
どちらにせよ、自分の中でそうしたほうが「心地よい」という思いに支配されているのだというのです。
例えば例を挙げてみます
1.年齢を重ねてもフットワークの軽い人
経験値①:仕事で日本各地を周っていたため自分の世界が広い。
知らない人たちと仕事を経て仲良くなる経験をしてきた。
→知らない土地に行くことに抵抗がなく、むしろ楽しさを知っているため旅行好き。
未知なる事にチャレンジする楽しさを知っている。
経験値②最近若い奥さんと再婚した
→奥さんと同年代たちとの交流が苦にならない。
10歳~20歳下の人達と飲んだり交流でき、交友関係が広がるため遊びの誘いが増えて更にアクティブさを増す。
年齢差や知らない人たちとの交流が楽しめるため気持ちも若く、様々なことに積極的な人物という印象になっている。
2.保守的でフットワークの重い人
経験値①:田舎でずっと畑仕事をしていた。東京すらもあまり分からず、興味が持てない。これまでの仕事柄、知り合いもご近所に限定される。
→知らない土地に行くことに抵抗がある。
自分が知っていて安全な環境を好む結果、新しい事や何かやりたいという気持ちが薄い。
周りの同年代とゆったり日々を過ごすことが好きであり、特に何か今からはじめようという気はない。
生まれつきの性格もあるだろうけど、やっぱり若い時代に幅広く経験値をつんだり、フットワークを軽く動くことで新たな楽しさがあるという事を知った人は、その延長線上で楽しいことを求めているだけなのかもしれない。
どちらもこれまでの生き方に倣って、心地いいと感じる行動を選択しているだけだという印象でした。
若い頃のドキドキする体験が重要?
僕に関して思うのは、やはり自分で動くことで新たな出会いや発見があった経験がとても良かったので、それをまた体験したいという気持ちが根底にあるような気がします。
昔に比べて何だかだるいと思うことも多くなりましたし、一人でボーっとしているのも好きなので、マイペースな生活であることは変わりませんが、意識的に動く気持ちを忘れないでいきたいです。