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GloryDazeDays

日々のワクワクを受信・発信したい。ぼんやりとした日常を楽しく前進していきたい。

【雑記】Y先生に教われなかったこと

音楽室の扉を開けるといつもお酒の匂いがした

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[http://photo credit: 20140412_DSC7178-Edit.jpg via photopin (license)]

それは僕だけではなく、同級生もみんなそう感じていた。

「うわ、今日も酒くせー」とみんな口々に話していた。

当の本人は、そんな事を気にするでもなく、いつも通り音楽の授業を始めた。

 

彼は僕が小学校の頃の音楽の先生だった

南の方出身なのか、縄文人のような濃い顔立ちで、色は黒く、ゴリラっぽい感じの先生だった。

小さい頃は大人の年齢ってよく分からないもので、おそらく父親と同じくらという話だったから30代後半だったと思う。

ずんぐりとしており、手も大きく、指も太かった。

何というか、先生としては浮いてる感じを醸し出しており、職員室ではなくていつも音楽室に1人でいた。

 

女子に優しい先生だった

授業では合唱の他にもリコーダーと呼ばれる縦笛をみんなで習っていて、1人ずつ決まったパートを吹けるかのテストがあった。

僕はスタッカートが全くできず、毎回説明されても全く意味不明だったので、評価はいつも悪かった。

テストの時は生徒が1列になって並んで、自分の番が来るまで指だけで練習をしていた。

そんなおり、前に並んでいる女子に邪魔をしたりちょっかいを出す奴が居た。

たまには僕も女子の邪魔をしたりして、そんな時は先生に結構な力で殴られた事を覚えている。

「女子には優しくしろ」と怒られたものだ。

そして先生はリコーダーの判定に関しても女子には甘かった。

 

先生らしくない人だった

1988年にソウルオリンピックが開催された。

今はタレントでも活躍している池谷選手が体操でメダルを取っていた時の話だ。

その日は音楽の授業なのに音楽室で授業そっちのけでテレビを見せてくれたりなんかした。

試合中継だったのか、ワイドショーだったのか定かではないけれど。

授業をやらずにテレビを見せてくれるなんて、なんていい先生なんだ!と思ったものだ。

 

笑った顔を見たことがなかった

音楽の授業で音楽室に行くたび、日増しに酒臭さが強まっていた。

今思えば、教室で飲んでたんじゃないか?とすら思える程だった。

それでも一応、音楽の授業は続けられていた。

ある日、晩御飯の時に、父親にY先生について話したことがあった。

今度その先生と一緒に飲みたいから、そう伝えてくれないか?と言われた。

僕は先生にその事を伝えたけれど、一笑に付されたのを覚えている。

 

ピアノに無知でも感動した

ある時、授業の終わりころ、先生が余った時間でピアノを弾いてくれた。

なんの曲かは分からなかったし、今でも何だったのか分からない。

あの太くて巨大な指から、あんなに繊細な音色を奏でることができるのかと、本当に驚いたのを覚えている。

僕はクラシックにもピアノのテクニックにも疎い。

でも、ピアノであんなに感動したのはあれが初めてだった。

身体を前傾にしながら弾く姿は、今でも僕のピアノ奏者のイメージとなっている。

 

その後のこと

Y先生が自宅で亡くなっていたという連絡があったのは、それから少しした後だった。

連休明けだったか、長期休み明けだったかの時だったと思う。

連絡が無いのに欠勤していたのを不審がった先生たちが見に行って発見したらしい。

Y先生はテレビをつけたまま自宅のソファで座りながら亡くなっていたらしい。

僕は周りの同級生同様に、人の死について分かる程大人ではなかった。

何だかわからないけれど、大人たちが騒いでいることや、もうY先生がいないという事に対して、無邪気に盛り上がっていた。

その頃仲の良かった友人は、素行の悪さややる気のなさから先生たちに目をつけられていた。

エレクトーンを習っていた彼は、音楽的な才能があり、よくY先生に褒められていたらしい。

彼はY先生の亡くなったことを酷く悲しんでおり、彼だけが俺を褒めてくれていたと、嘆いていたのが印象的だった。

 

現実と逃避

親や先生や友人に聞いてだんだんと分かってきたのはこういうことだ。

先生には愛する奥さんが居たらしい。

その女性は、別に男を作り、彼の元から去っていったらしい。

それからというもの、先生は寂しさを紛らわすために、お酒を飲んでいたらしい。

小学生でも異常と思えるほどの酒臭い教室だったのだから、余程のことだったんだろう。

そして1人で亡くなってしまった。

とても悲しい事だ。

救いようのない話だ。

 

あなたがここにいてほしい

だけど今、きっとY先生とあまり変わらない年齢になると、何となく先生の事がわかる。

僕も逃げるように酒を飲んでしまう時がある。

その度に、こんな感じで色々考えながら飲んでいたんだろうなと思う。

そして彼は運悪く(かどうか不明だが)亡くなってしまったんだろうと。

僕はまだ生きているし、一応助けを求められそうな友人もいる(と思っている)。

でも、ひょっとすると、このままどうなるのだろうかと、そう思う時もある。

生きる意味とか、死ぬ事に対して、年齢とともにどんどん曖昧になっていくときがある。

きっと先が見えてくるからだろう。

今から超頑張って、何を得られるというんだ。

そんな問いが心の奥底から湧き上がる時もある。

頑張るとか、やりがいとか、クソみたいに思える時もある。

街ゆく幸せそうな人を見て、途方に暮れてしまう時もある。

先生、リコーダーに付属していた、塗り薬みたいなヤツ、あれ一体何だったんだ?

結局、一度も使わなかったぜ。

先生、僕は今になって先生に会いたいよ。

一度くらいお酒を酌み交わしたいよ。

そしてあのピアノの音色を、今こそもう一度、聞きたいよ。